【借金回顧】はじめの一歩 1997年8月
1997年の夏の日のこと。
社会人1年生の私に、給料日前日の合コンの誘いが。
ちょっと財布が心もとなかったので、念のためにと思って大手消費者金融のT社へ。
(ちなみにこの頃、クレジットも持ってはいましたが、キャッシングできるということを知りませんでした^^;)
【借金回顧】1万が100万 100万が200万 1998年〜2000年
前回、私の初めてのサラ金からの借金について、お話させていただきました。
その時の1万円は、給料当日に速攻で窓口で全額支払いました。
そして、その後は借金やサラ金とは無縁の生活になる予定でした。
そのサラ金から「1万円の限度額を100万にしませんか?」と、携帯にかかってくるまでは。
その電話があったのは、1998年8月。ちょうどお金が入用でした。
当時付き合っていた彼女とのデートもマンネリ化。
趣向を凝らしたデートをするため、週1回のデートに5万ぐらいかけて、スッテンテンになりそうになっていたのです。
渡りに舟とは、まさにこの事。
半ば嬉々として、その舟に飛び乗ってしまいました。
この後、沈没するとは夢にも思わずに。
【借金回顧】真綿で首を絞められる日々 2001年〜2003年
前回、私の借金が1万、100万、200万と膨らんだ経緯と、買い物用にクレジットカードを持つようになったことについて、お話させていただきました。
クレジットカードを持った頃、50万だったサラ金2社のカードは、それぞれ100万の限度額になりました。
計100万のキャッシュの空き枠が出たこと、そして低利で買い物ができるカードを持てたことで、生活に余裕が出てくるかとも思われました。
今になって振り返ってみれば、そんなワケないですね。
借金返済で苦しいところ、さらなる借金で穴埋めしようというわけですから。
いよいよ本格的な自転車操業の始まりです。
1年程度で、「買い物用」だったはずのクレジットカードでも、カードローンや、キャッシングを行うようになっていました。
(この期に及んでも、利息という概念がないのがよくわかります。本来、低利率のカードローンから優先してツマむべきでしたから…。)
【借金回顧】そして再生へ… 2003年2月
前回、560万の借金を抱えた私が、法律事務所の門に行ってみたところまで、お話いたしました。
法律事務所の待合ロビーは、人でごった返し、すごい熱気。
あたかも真冬の病院のよう。
もっとも、大半の患者は、インフルエンザではなく、多重債務という病気での来院なのですが。
ともあれ、老若男女問わず、色々な人種がそこにはいました。
そう、唯一の共通項は「多重債務で悩んでいる」ということだけ。
オーバーな表現ではなく「ごった返す」ほど来客があれば、当然のことながら、アポの時間は有名無実化してしまいます。
(私が行ったところには、雑誌なども準備されていましたが、何らかの暇つぶしツールは持参した方がストレスたまらないです。)
結局のところ、アポの時間よりも1時間ほど後倒しで、「初めての面談」となりました。
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